自動車製造事業法を制定

昭和10年8月閣議で自動車工業法案要綱が決定、公表されました。


それは、


(1)普通自動車の組立または主要部品の製造事業は、これを許可事業とすること。ただし、その数量が一定量に達せざる事業にたいしては、許可を要しない。


(2)前項の爵可をうける者は、株数の過半数が日本の臣民または帝国法人により設立したる法人にして、議決権の過半数が日本臣民に属する株式会社に限ること。


(3)第3項の許可の事業に関しては、産業上、国防上必要な監督規定を設くること。


(4)現存する自動車工業にして第ω項に該当するものについては、本方針決定当時における現存範囲内においてのみ既得の権益を認めて、その事業の遂行を許容し、その後の新設または拡張については、法律施行の際にさかのぼりその権益を容認せざること。


でした。


この要綱は、規模と資格から在日フォード、GMのしめつけにあったことはいうまでもないそうです。


その1は、年間3000台以上に達する自動車製造事業の許可制です。


これで横浜の日本フォード、大阪の日本GMは政府の許可を必要とすることになったが、その既得権益を認め、その後の設備の新設または拡張を否定した。


その2は、許可をうけるものを日本人に限定し、その3は、自動車製造事業を「組立または主要部分品の製造」として主要部分品の輸入を防いだことです。


この要綱をもとにして昭和11年5月前記の自動車製造事業法が制定されました。


ミツオカ 中古車の流通する今では考えられないような事業法ですが、かつてあったことなのです。

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